「今日は何の日」と題してシリーズでお伝えしています。
今回は2月15日に制定されている、「春一番名づけの日」についてご紹介したいと思います。
ちなみにこの日は、全日本スキー連盟が創立されたことを受けて同連盟が記念日に制定した「全日本スキー連盟の日」でもある。
それでは、春一番名づけの日にどんな由来や、歴史があるのか解説してみます。
2月15日は春一番名づけの日!その由来や歴史は?
朝日新聞誌上ではじめて使われた
立春から春分の間に初めて吹く強い風の事を指す
春一番名づけの日の由来とは
漁師たちが春に吹く初めての風を「春一」と呼び始めた
2月15日は「春一番名づけの日」。1963年2月15日、朝日新聞誌上ではじめて「春一番」という言葉が新聞で使われたことに由来するといわれている。
春一番は、立春から春分の間、その年に初めて吹く南寄りの強い風のことを指す。
1859年長崎県郷ノ浦で、突風により漁船が転覆して乗員が死亡した事故から、漁師たちが春の初めに吹く強い南風を「春一」と呼び始めたことがきっかけといわれている。
春一番名づけの日の歴史は
漁師が出漁中に強風のあおりで転覆、53人の死者を出した
安政6年2月13日(1859年3月17日)、長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現・壱岐市)の漁師が出漁中、強風によって船が転覆し、53人の死者を出して以降、漁師らがこの強い南風を「春一」または「春一番」と呼ぶようになったといわれている。
一方、長崎県では、この事件以前から郷ノ浦町で「春一」と呼ばれていたものが、事件をきっかけに広く知られるようになったとしている。
この故事により、1987年に郷ノ浦港近くの元居公園内に「春一番の塔」が建てられている。
民俗学者の宮本常一は研究のため郷ノ浦町を訪れてこの「春一番」をいう語を採集し、1959年に壱岐で用いられている語として『俳句歳時記』で紹介した。
これをきっかけに、「春一番」は新聞などで使われるようになり、一般に広まったとされる。
つまり、郷ノ浦町で使われていた「春一」または「春一番」は、この語の初出であるかどうかはともかく、現在広く用いられている「春一番」という語の直接の源であるということになる。
まとめ
「春一番」という言葉を初めて朝日新聞朝刊で使われたことから
いかがだったでしょうか?
春一番名づけの日の由来や、歴史についてご紹介してきましたが、春の一番に吹く強い風によって、出漁中に53人もの命が奪われました。
またこの事件をきっかけに「春一番」と呼ぶようになったようです。